日経2014.9.10
48時間一度も「あのころは」って言わなかったら、好きな店でディナーをおごってもいいよ――。選手にそうクギを刺されたという話を、テニスコーチのブラッド・ギルバート氏が書いている。現役としても一流だった彼は、思い出を口にせずにはいられなかったのだ。
テニスのトッププロは個別に専属コーチを雇っている。だからコーチにおごったりもするのだが、先輩風に鼻白みながらも勝つためには経験も教わりたい。そんな選手の心情にこたえるコーチも容易ではない。その仕事には世界の頂点に立ったことのあるかつての名選手がつく、というのがいまのテニス界の流れだという。
全米オープンの決勝を戦った錦織圭選手のコーチも、四大大会の1つの全仏オープンを25年前、17歳で制したマイケル・チャン氏である。その大会では、素人のような緩いサーブを打ったり常識外れの位置で構えたりして格上の選手を挑発し、「そうまでして勝ちたいのか」と騒がれたことも古いファンならご記憶だろう。
錦織選手は頂点には一歩届かなかったが、勝つための方策をたたき込まれたこと、コーチを信頼していることは映像からも伝わってきた。ギルバート氏は反省し、ホテルのドアの内側に「『あのころは』と言わないこと!」と紙を貼ったそうだ。チャン氏は「あのころは」を連発したりしまい、とこれは勝手な想像である。